2008年09月16日

「ねもと」ネタばれ

「ねもと」全6回、無事終了いたしました!
おかげさまで、大入となりました。ご来場いただいたお客様、
本当にありがとうございました。

昨日、敬老の日は、「ねもと」千秋楽ということで、
全ステージ中、もっとも沢山のお客様に来ていただいて、
とてもにぎやかな会場となりました。
ポストパフォーマンストークも熱心に話を聞いていただいて、
なかなか充実した時間になったのではないか、と思っております。
演出家の中野さんに続き、小泉監督の話も、面白かったし!!
私は、舞台上にもかかわらず、素で楽しんでしまいました。
あと、「ゲストとおそろいプレゼント」当たった方、おめでとうございます!
見るたびに「ねもと」を思い出していただければ幸いです。
(といっても、初日に当たった方は、ご自身が「ねもと」さんでしたから、絶対忘れませんね!)

ご来場いただいた皆さまはいかがでしたでしょうか。楽しんでいただけたでしょうか。
もしよろしければ、ご意見・ご感想など、以下メールアドレスまでお寄せください。
お芝居に限らず、物販や会場整理等についてのご要望でも構いません。
columba@pepin.jp
よろしくお願いいたします。

さて、千秋楽のトークで、「ダヴィンチコードみたいに
色々モチーフに意味が隠されている」てなことを口走りましたが、
なんでダヴィンチコードなんて恥ずかしいことを言ってしまったのか分かりませんが、
確かに登場するモチーフには色々と意味があるので、ちょっとだけ紹介してみたいと思います。

とはいえ、ご覧になっているお客様が、観ながら気づいてほしいとは思っていなくて、
たぶん、はっきりと認識はしなくても、無意識的になんとなく雰囲気を感じ取ったり、
感覚的に伝わればいいな、伝わるだろうなというつもりで書いています。

たとえば、「キツネはずるがしこい」みたいなことって、
実際キツネを見たことない現代人でも、なんとなく感覚的に共有してるでしょう?
しかも実際、別にずるがしこくないし。
そういう、感覚的に「だよねー」という感じをお伝えできれば充分なんですが、
公演も終わったし、ネタばれOKになったので、一部ご紹介してみます。

・ ・ ・

死ぬ前には「走馬灯」というやつを見るらしい、といわれているけど、
以前から、自分はいったい誰の顔を思い浮かべるんだろうということがずっと気にかかっていました。
もしかしたらすっごく意外な人の顔が思い浮かぶのかなとか。
いま目の前にいるこの大切な人を、私は忘れてしまうのかなとか。
そのときに感じるのは、未練かな、感謝かな、後悔かな、とか。
そのことを思うと、いつも急かされているような、
後悔しないように生きなきゃ的な変な焦燥感に駆られていました。

生きているうちに会いたかった人すべてに、そこで再会して、
後悔を清算して逝くことができるのなら、
「走馬灯」の存在価値ってあるかもしれないけど、
実際、そういう風に美化されている節も無いではないけど、
正直にいえば、そんなに都合よくいく気はしない。
会いたかった人には会えないままで。
ごめんね、とか、ありがとう、とか言えなくて。
最後に見る幻の中でさえ、思い通りに行かなくて。
そうやって未練たらたらに死んでいくのかな。
ああそれって生きてるときと同じじゃん。

そう思ったら、なんだか今のまま生きていける気がした。
私、日本の昔の(古事記に出てくるくらいの)世界観がすごく好きで、
日本には神様がいっぱいいるじゃないですか?
地上の神様がいて、天上の神様がいて、地下(=根の国、死者の国)の神様がいて。

公演のパンフレットにも書いたんですけれど、
イザナギがイザナミに会いに、根の国に行ったりもするし、
生と死が完全に分断されていないで、両者の間のコミュニケーションが可能で、
そしてそれぞれの世界(天上・地上・地下)は相対的に存在している。
なんか私の勝手な妄想かもしれないですけど、100年経ったら、
地上に居た人がみんな地下にスライドしてるような、そんなイメージ。
それって、生きてたときの世界と変わんねーじゃん!て感じ。

だから、日々生きていることのなかに、死ぬ瞬間がたくさんあって、
死ぬときにも、生きているときと同じことをたくさん経験するんだと思う。
呼吸が止まるとか、心臓が止まるとか、は本質的なことではなくて、
バクテリアに分解されて土に還ってしまうまでは、(あ、日本の場合は燃やされるけど)
きっとそうやって死んだり生きたりしつづけるんだと思う。

私はフェリーニの「81/2」という映画が大好きです。
お芝居をつくるときは、いつもこの作品のことを思い出します。
「人生は祭りだ ともに生きよう」
この台詞の直前、彼は自分の頭をピストルで撃ち抜く(と妄想する?)んだけど、
それはまさに、「生きてるなかで死ぬ瞬間」なんじゃないかと思う。
そうやって時々私たちは「根の国」に近づいていっては、死と対話する。

●ねもと
「根の国」の「ね」は、「ニライカナイ」の「ニ」と同義と言われています。
どちらも「根っこの方」という意味で、
魂が還ってまたやってくる根源とか、生命の源といった意味を持ちます。
また、それは必ずしも垂直方向(地下)に限らず、
海の向こう(彼岸?)としてイメージされることもあります。ニライカナイですね。
本当は、もともと水平方向だったのが、天上の国(高天原)を
設定した時点で垂直方向にした、という説もあるとか。
キリスト教的な世界観では、たぶん命は天からやってきて、死んだら地下の方へいくんでしょうけど、
八百万の神様が跋扈する日本では、生も死も、「ね」の方にある。

●居酒屋
今回のお芝居では、「ねもと」は居酒屋で、なんだかふざけてるようだけど、
居酒屋って、古くは「アジール」の一種とみなされている場合もあって、
死んでいく人と生きていく人が「いよーっす」って
気軽に会う場所には、ぴったりなんじゃないかと思ったのです。
実際、お酒の場では「無礼講」なんて言ったりしますよね。
で、「カンパイ」して宴会が始まっちゃったら、場が確定しちゃう(死んじゃう)から、
「カンパイするまで」の不確定な時間=死んでいく過程で、
生と死の間で浮遊しているときだけに可能な話はどうかな、と思って。

●枝豆
ちなみに、枝豆、というかお豆は、生者と死者を媒介する食べ物として、
かなり古い神話や民話によく登場するそうです。
私たちも、節分に死者---鬼に向かって、お豆を撒きますよね。
あれは、鬼を追いやっているというよりは、まずは呼び出すという機能があるとか。
同じような風習は、世界のほかの地域の原住民の間にも残っているそうです。

・ ・ ・

どうでしょう。
これを読んで、アハ体験ならぬ、旭化成のCMみたいに「イヒ!」ってなっていただければ幸いです。
とはいえ、お芝居の楽しみ方や解釈は、人それぞれ。
「全然違うことを考えてた」という方がいたら、むしろ嬉しいです。
そういう方は、ぜひどんな風に思われたか、教えてください!

次の公演は、年度内を予定しております。
それまで、またこちらのブログで様子をお知らせしていきたいと思いますので、
ちょくちょく遊びにいらしてくださいね。

ご来場ありがとうございました!
posted by COLUMBA at 23:19| Comment(40) | TrackBack(6) | Natsuki Ishigami | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

小泉徳宏さんについて

こんばんは。
すでにご来場いただいたお客さま、本当にどうもありがとうございます!
おかげさまで、連日満員御礼で、明日15日は初日の幕が開ける前に
完売してしまったのですが、当日券を若干枚数用意しているようです。
当日券でのご来場を予定されている方は、お早めに来ていただいたり、
事前に劇場までお問い合わせいただいたほうがよいかもしれません。
ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。

そんな状況で、明日のアフタートークでゲストに迎える
小泉徳宏さんについてここで紹介するのは、
もしも興味を持っていただけてもチケットがご用意できないかもしれないので
ちょっと気が引けてしまうのですが。
でも、やっぱり紹介しておきます。

小泉くんは、中学・高校・大学と同じ学校の同級生でした。
そんなわけで自然と、彼が大学時代に撮っていた映画に出演したり
私たちのお芝居のために、劇中で使う映像を作ってもらったり。
フィールドは違えど、一緒にものづくりをしてきた仲間、という感じです。

いまや大ヒット映画の監督さんとなった小泉くんですが、
高校生のときに授業で撮ったビデオ(うちの学校は国語で
ビデオドラマを撮る授業がありました)も、
大学生のときに撮った処女作も、その次に撮ったコメディ映画も、
なんか最初から面白くて、プロとして撮った映画を見ても、
「あの頃から成長したなあ」とか(そもそも言い方偉そうだけど)
そういう感じじゃなくて、ずーっと同じに見える。
同じように、「ああこいちゃんの映画だなあ」という感じがする。何かが一貫して流れている。

それって、まるで天才肌みたいに見えるけど、
で、実際才能もあるんだと思うんだけど、
小泉くんは、周りの人を楽しませたいって気持ちがすごくちゃんとしてて、
しかもそのためにものすごく頭を使って、まっすぐ努力することができる人で、
ものづくりだけじゃなくて、普段一緒に遊んでても、同じなんです。
もちろん、ものづくりの過程や、一緒につくるメンバーに対する接し方とかも、全部。
そういうところ、本当に勉強させてもらっているし、尊敬しています。

たぶん、映画の世界って、規模が大きくなればなるほど、
自分ひとりの意思ではどうにもならないこととかってあると思うんだけど、
なんかよく分からないものと闘わなきゃいけないこととかもあると思うんだけど、
そういう環境の中で、昔からの友達が「ああ、これあいつらしいなあ」って
思えるものを作って発表できているっていうのは、たぶんすごいんじゃないかという気がする。
すみません、私は業界のことがよく分からないけれど。
才能も含めて努力。努力も含めて才能。彼を見て、そんなことを思います。

もちろん彼は、これまでのペピン結構設計やCOLUMBAの舞台も観てくれているし、
同年代(というか同い年ですが)で、演劇に近いフィールドで活躍している人として、
友情出演してくれることとなりました。
そう、喋っても、楽しい人なので。

というわけで、短い時間ですが、
皆さま明日をお楽しみに!!
posted by COLUMBA at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | Natsuki Ishigami | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月14日

当日券につきまして

14日12時開演回・18時開演回、15日12時開演回の当日券につきましては、
若干数(5枚程度)をご用意しております。

販売開始は受付開始時(開演40分前)、先着順といたします。
皆様のご来場、心よりお待ち申し上げております。
posted by COLUMBA at 01:22| Comment(0) | COLUMBA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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